やっぱり夏はかき氷でしょう♪

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かき氷(かきごおり、欠き氷、夏氷)とは、氷を細かく削るか、砕いてシロップ(またはシラップ)等をかけた氷菓。
ってことぐらいみなさん知っていますよね♪

でも、最近では削るというよりも砕いた感じのかき氷が多いですよね。でもあれってやっぱり食感が悪く思います。

ちまたで流行っているスイーツ、でも日本ならやっぱりかき氷。

やっぱり夏のグルメはかき氷でしょう。
そうです、究極の夏のグルメ!
そうです、究極のおやつ!
そうです、昔、海の家で食べたあのたまらない食感!

このかき氷を究めようと、いろいろ調べてみました。
もちろん家族の協力なしではできません。


よっしゃぁ〜いっちょうやったるで♪

テスト

指定なし
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左回り込み
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右回り込み
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中央
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氷屋ののぼりのぼりは誰のデザイン?

海水浴に行った海の家や、街中でも夏になるとよく見かける「氷」と白地に赤く染められた氷ののぼり。

今では、かき氷を販売するお店や喫茶店などでもあたりまえのようにぶら下がっています。

夏到来のシンボルマークといっていいでしょう!


ところでこの氷ののぼりはいつの時代から登場し、誰が考案したものか知っていますか?

じつは、中川嘉兵衛という人と関係があります。

彼が牛乳店や衛生・食品などの洋式の新事業を手がけるうちに製氷事業が最も儲かるのではないかと考え付きました。

そして幕末から失敗を重ねながらも五稜郭の外壕で天然氷「龍紋氷」を採氷することに成功しました。

官(今で言う国)の検査を受けて、品質のよい安全な氷を販売する許可が取れたのです。

中川嘉兵衛が販売した天然氷には「天然氷」「函館氷」という文字と龍が舞う図柄がデザインされていたといわれています。

この図柄は、「龍紋氷」と呼ばれ、基本型は販売店にかけられた看板で、今に伝わる氷字の下に水流模様の原型になったとみられています。

これが氷ののぼりのはじまりといわれています。


中川嘉兵衛さんとはこんな人→ココ

甲子園名物かち割り

関西地方にお住まいの方は、たとえ巨人ファンの方でも(笑)甲子園球場の名物のひとつに「かち割氷」は知っていると思います。

ただ単に粗く砕いた氷片がビニール袋につまっただけの商品ですが、もう40年以上の歴史があります。

真夏の炎天下まず体に当てて涼をとった後、溶け出した冷たい水をストローをさして飲みます。

元々はかき氷だったものを、蜜がベタベタするというお客の不満をもとに氷をそのままビニール袋に入れて売ったのが始まりです。

昔は金魚すくいのきんちゃく袋からえたアイディアということで、上の口がキュとしまってましたが、今は写真のようなスタイルです。


中身の氷は氷屋さんが丸2日掛けて作る純氷なので硬くて溶けにくく、約30分間楽しめます。

でも最近は凍らせたペットボトルの飲料水が売られているので
売上は最高時の3分の1にまで減少してしまったらしいです。

でもやっぱり、残したい甲子園の夏の風物詩ですよね。



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お伊勢さんの赤福氷(あかふくごおり)

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伊勢路の夏の風物詩の一つ。偽装問題で有名になった赤福もちが入ったかき氷です

かき氷に赤福ならではの餡と餅、抹茶仕立てのシロップがかかっています。

1961年(昭和36年)7月に三重県の伊勢名物である赤福餅を「赤福アイス」の名称で氷菓として海水浴客に販売するのを考案したことが始まりらしいです。

夏季には日ごろ見慣れた氷旗とは違い赤福の赤い文字と青い氷の文字が書かれた看板が店先に置かれます。

餡はこし餡で、餅については白玉団子より柔らかく、ゆでた後に搗いた餅が別々に入っています。
その餡と餅も\普通の赤福もちではなく、冷たい氷になじむように特製だそうですよ♪


赤福氷を食べられるお店は三重県や愛知県の一部の店舗のみです。

食べられるお店は→ココ



かき氷を食べると頭が痛くなるのは、なぜ?

かき氷をたまに食べていると、頭がキィーンと痛くなることがありますよね。
この理由を知っていますか?


この頭痛は、簡単に言えば、大脳が痛みの発生源を間違えていることが原因です。

体じゅうの刺激は、通常、神経を伝わって大脳の感覚野で認識されます。
この中で、口の中から感覚野までの神経は、途中で頭部からの神経と経路が重なっています。

このため、大脳の感覚野は口の中からの強い冷刺激を、頭部からのものと間違ってしまい、頭痛となるそうです。

この頭痛のことを「アイスクリーム頭痛=icecream headache」といううそのような本当の名称があります。


さて、この対処法ですが、痛みの発生源は、実際は頭ではなく口なのですから、
頭を押さえたりするよりは、やはり、口の中を暖めるのが有効とのことです。

つまり、口の中を熱いお茶などを飲んで暖めれば「キィーン」が治るっていうことです。
お試しあれ♪






「かき氷を食べると頭が痛くなるのは、なぜ?」

わたしはてっきり夏が怒っているんだと思ってました♪
タグ:かき氷 頭痛

宇治金時のかき氷

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宇治とは関西では有名なお茶の産地。金時とはアズキの別称。なぜアズキを金時と呼ぶようになったのかは、かつてアンコを金時豆で作ったからという説と、炊いた小豆の色が「坂田の金時」の顔みたいに真っ赤だったからという説が有力みたいですね。

金時はつぶあんとこしあんの場合があります。つぶあんの場合は、抹茶の上にのせるようにかけ、こしあんの場合はボール状にして添えてあります。

こしあんの場合は、その重みで氷の中に沈み込んでしまう場合があり、思わず「これ、ただの宇治氷だよ!」って文句を言いそうになります♪

金時のアズキ色とかき氷の白、抹茶の緑は芸術品です。
宇治にミルクをかけたものを「宇治時雨」と呼ぶこともあります。


そんな宇治金時はお店によって全然違います。例えば宇治のシロップにしても、抹茶に砂糖と水を加え、茶筅でわざわざ泡立てたものなどもあり、味もにが〜〜いものから甘いものまでお店により千差万別です。

氷自体が、細く削ったサラサラ系だったり、粗く削ったガリガリ系だったり、金時もつぶあんだったりこしあんだったり。

お店によって白玉がついていたり、アイスクリームがついてたりします。個性的なところでは抹茶アイスが乗っているところまで。

もうこれは好みでしかなく、どれが一番かとはいえません。
あなたにとって一番ベストな組み合わせを見つけてくださいね。

かき氷は平安時代からはじまります

前にもお伝えしたように「かき氷とは、削った氷にシロップ等をかけた氷菓である」とのことなんですが、広義には、出来合いの市販品としてカップ入りのアイスクリームと同様の器に細かく砕いた氷と各種シロップを混ぜたものもさします。

市販品では、袋入りもある。また、近似品と言ってしまったら阪神フアンに怒られるかもしれませんが甲子園球場名物となっている「かち割り」もあります。

かき氷を売っている店では、氷旗(白地に赤い文字で「氷」と書かれた幟(のぼり))をよく見かけると思います。
※上のところのを参照にしてくださいね。

夏の社寺の境内などで催される夏祭り、盆踊り、縁日の屋台ではリンゴ飴・たこ焼き・焼きそばとともに代表的な縁日物(えんにちもの)の一つです。

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かき氷の歴史はというと・・・・・
平安時代に清少納言の『枕草子』「あてなるもの」(上品なもの、良いもの)の段に、金属製の器に氷を刃物で削った削り氷(けずりひ、文中では「けつりひ」)に蔓草の一種である甘葛(あまかづら・あまづら、蔦の樹液または甘茶蔓の茎の汁と思われる)をかけたとして「削り氷にあまづら入れて、新しき金鋺(かなまり)に入れたる」と記述されています。

かなり歴史の古い食べ物だということがわかりますよね。
そして、冷蔵庫などもない時代、本当に貴重な食べ物だったと思います。


そして、その後・・・・
1869年(明治2年)
神奈川県横浜にある馬車道で初めての氷水店が開店する
※ここは日本においてアイスクリームを発祥させた店でもあります。

1871年(明治4年)
中川嘉兵衛が五稜郭の外壕で生産した天然氷が”函館氷”と銘打って京浜市場に登場しそれまでのボストン産の輸入氷に比べて良質でかつ低廉で好評を得ていく。
※ボストンから輸入されていたんですね。へぇ〜〜♪

1878年 (明治11年)
粗悪な氷が販売される事を取り締まるために内務省から「氷製造人並販売人取締規則」が公布された。
これにより営業者は、衛生検査に合格した氷の生産地・販売者名を示したのぼりや看板を掲げる事が義務付けられた。
※やはり、粗悪品でもうけようと思う奴がいてるのですね♪

1882年(明治15年)頃
博物学者のエドワード・S・モースが、かき氷を食べたことを自著に記している。

1887年(明治20年)
村上半三郎が氷削機(ひょうさくき)を発明し特許を取る。

1897年(明治30年)頃以降は機械製氷が主流となる。

そして昭和初期に氷削機が普及し、一般化します。


どうですか、かき氷の歴史は平安時代からはじまりますが、
一般的に普及したのは昭和に入ってからなんですね。
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